我はチケットの盟約に従い物語を記述する

   わかば 

      あたらしいかぜ

 整備士出立


――01107002



よけ藩国摂政、嘉納は紀光王の阻止に失敗した。

紀光王は政庁前に集まっているカメラの前に飄々と姿を現すと、
「避けるために敢えて突っ込む!」と力強く宣言し、嘉納はぶっ倒れた。

よけ藩国は共和国のシンクタンクとして有名で、その技術開発力には定評があり、
新型機の開発にも姿勢制御システムの提供などで協力している。

王が国を空けるのはどうなんだ、という街の声をとりあえず無視して
よけ政庁では派遣する人材の調整に入った。

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その頃。紀光王はジムで気持ちの良い汗を流した後、官報をチェックしていた。

「初心者のための”わかば”マーク、はじめました?」

これはいい、とさっそくステッカーを発注すると、紀光王は出来上がったステッカーを
自分に貼って政庁の中を歩き回り、嘉納は心労でまたぶっ倒れた。


(紀光王が貼ったステッカー 作:森沢さん)


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「んしょ、っと!」

一人の少女が重そうにナップザックを担ぎなおすと、よけ港に降り立った。
空ではうみねこがにゃあにゃあと鳴いている。

定期便だというのに1日着くのが遅れた。どうやら行き過ぎて戻っていたらしい。

いくらよけ藩国だからってそんなことがあるのかしら、と少女はしばらく考えたが、
気にしないことにした。

「着いたよ、先生」

にゃ~、と声がしてナップザックからスコティッシュフォルドが顔を出した。顔を洗う。

「これからどうするかって? そうだなぁ、とりあえず紀光王に会わなきゃだよね」

少女は深いブラウンの髪を揺らすと、賑やかな方に向かって歩き出した。

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親切なおじさんに政庁への行き方を尋ねると、まず汽車にのりなさい、と教えてくれたので
少女は汽車に乗っている。

最初のうちこそ海に面した街や大きな農作地が見えておもしろかったが、
いまや窓の外は少し野原が見えたと思ったらずーっと森が続く、というありさまで、
少女は酷く退屈していた。

「よけ藩国って森ばっかりなんだね、先生」

先生はナップザックから顔をだしてうとうと。とっても眠そう。

少女はふてくされると窓の外を眺めた。

「ねぇ、先生! あれ見て!」

窓の外に巨大な木が見える。汽車はゆるゆるとスピードを落としながら、
巨大な木の方へと進んでいった。

また森の中なのかな、と思ったら、周りはどうやら都市の一部であるらしかった。
巨木同士が通路で結ばれ、空中に至るまで有機的な繋がりを持って都市空間が
形成されている。

今日からここで生活するんだと思うと、少女はわくわくした。

汽車を降りると、森の中とは思えないほど明るくて、少し驚いた。街もにぎやかで、
わくわくがどきどきになる。

駅前からはトラムが出ていて、少女はトラムに乗り込むと周りをくるくると見回した。楽しそう。

初めて来たのかい? とおばあちゃんに訊ねられて、少女はうん、と元気よく返事をした。

「ねぇ、おばあちゃん。紀光王ってどんな人なの?」
「さぁねぇ、私は直接お会いしたことがないからよくわからないけれど、
親しみやすい方みたいだねぇ」

ふうん、とうなずく少女。それなら私が突然押しかけても大丈夫かな。

「私ね、政庁でお仕事がしたくて天領からやってきたんだ」
「そうなのかい、お仕事させてもらえるといいねぇ。頑張るんだよ」

うん! と元気よく少女は返事をした。政庁が見えてくる。
じゃあね、おばあちゃんと手を振って、トラムから降りた。

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うっわー! と声を上げて見上げたら、首が痛くなった。

「……木から建物が生えてる。すごいね、先生」

よけ政庁は巨木と繋がるようにして建っていた。あの分だと木の中にも建物があるんだろう。

あんまりはしゃぐもんじゃないよ、と先生がたしなめた。

「はーい。そうだよね、政庁でおしごとするんだもん、おしとやかにしてないと」

少女はいささか政庁の内情からは懸け離れた納得の仕方をすると、
庁舎の入り口へ向かって歩き始めた。

と、そばの茂みの中から、わかばマークを胸につけた男の人が肩に仔猫をのっけて現れた。少女驚く。

「あー、やっと逃げ出せた。嘉納たんは有能だがしつこくていかんなぁ」

とか何とか言いながら、伸びをしている。

「……おじさん、誰?」

なにやら深く傷ついたふうな様子のわかばマーク。傷ついた様子のまま口を開いた。

「私はここで働いている人だよ」
「そうなの? でもわかばマークつけてる。新人さん?」

少女、ちょっと疑いのまなざし。

「うん、まぁそのようなものです。君は?」
「私ね、ここで働かせてもらおうと思ってきたの。こっちは私の先生」

と、少女はナップザックの先生を見せた。目を細めるわかばマーク。

「そうですか、君は理力使いなんだね」
「うん、世のため人のためにことわりに沿った行いをするのが良い理力使いだって、
先生はいつも言ってるよ」

少女は自慢げにない胸を張った。

「そうですかそれはよい先生ですね」

深くうなずくと、よろしくお願いしますと言ってわかばマークと肩の仔猫は先生に頭を下げた。
先生もペコリと頭を下げる。

わかばマークは少女の方へ向き直ると口を開いた。

「君はここで働きたいと言っていたね」
「……そうだよ?」

肩の仔猫が重々しく言葉を紡ぐ。とくにさしゆるすってなんだろう?

わかばマークが懐から万年筆をとりだすと、くるくると回した。
ミスリル銀でできた万年筆が光を放つ。

まぶしさに少女が目を細めている間に、わかばマークはさらに1枚の紙を懐からとりだすと、
なにやらさらさらと書き付けた。

「とこしえに武をもって仕え、勇をもって護り、しこうして、面倒なことがあったら、
とりあえずよけちゃいなさい」

そう言って紙を差し出すわかばマーク。変な人、少女は思った。

「なあに、この紙」
「うん、この紙をあの入口から入って、受付の人に渡してごらん」

変な人だけどここで働いてる人みたいだし、大丈夫だよね。と考えて、
少女はわかりました、と紙を受け取った。

「じゃあ私は出張の準備があるから。そうだ、君の名前を教えてもらえるかな?」

少女は元気よく答えた。

「私の名前はちは、っていうの。よろしくね!!」

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その日のうちに紀光王は船上の人となり、よけ政庁には一人の新米吏族が
その名を連ねることとなった。

その吏族はナップザックを背負っていて、その中では一匹の猫が昼寝をしていたという。

(結城洋一)

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