イベント09 物語で見る各国の戦争準備状況(よっきー編)
あるいは、「戦意高揚じゃなくなった演説」
──YBS第一報道スタジオ

瀧川クリステ子──国内トップレベルの人気を誇る美人アナウンサーだ──は、
いつもの柔和なそれとは少し雰囲気の違った、真剣なまなざしをカメラに向けていた。
「国民の皆様、こんばんは。臨時ニュースです。今回の出兵について、
藩国王海法紀光陛下と王猫ガミッチ陛下から国民の皆様にお話があるそうです。
会見はまもなく始まるものと思われます。しばらくお待ちくだ……
あっ、会場に両陛下が──」
──海法よけ藩国政庁内報道室
藩国王海法紀光は報道室に入ると、深く一礼して束ねられたマイクの前に着席した。
王猫ガミッチはマイクの前に飛び乗ると、ぴょこんと首を下げて礼をした。
海法は再度礼をすると、深呼吸をしてからゆっくりとした口調で話し始めた。
「国民の皆さん、こんばんは。藩国王の海法紀光です。
本日は、国民の皆様に出兵に関しての説明とご協力のお願いを申し上げたく、
念波を借りて皆さんに私の声を届けさせていただいております。
そもそも今回の出兵は──」
──海法よけ藩国医療部隊詰め所
『そもそも今回の出兵は、先日キノウツン藩国にて救助活動中の部隊によって
所属不明の大型要塞艦が発見され、その後救助隊が消息を絶ったという事件に起因します。
この大型要塞艦は我々の保有する全ての電子的偵察機器の目をくぐりぬけ、
いずこかへと向かおうとしています。この大型要塞艦がもしも──』
「あーもー、何やってるんだ。ラジオに気を取られてる場合じゃないぞ!」
自分の手にした包帯でぐるぐる巻きになっている新人の衛生兵に対して、
軍医である結城洋一の怒号が飛んだ。
「いいか、実際の医療の現場ってのは一分一秒、一瞬の判断が生死を分けるんだ。
特に戦場や野戦病院では設備が充分でない分だけ腕が問われる。
これから俺たちが行く場所ってのはそういうところだ。肝に銘じておけ」
「は、はいぃ……」
結城は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐにやさしげな笑みをうかべて
衛生兵の手を取って立たせてやると、医療道具準備の指揮を再開した。
「ほらそこー、バナナ食ってる場合じゃないぞ働けー!」

──海法よけ藩国アイドレス倉庫
『この大型要塞艦がもしも先日アースを占領した勢力に属するものだったならば、
私達は新たに手に入れた安住の地を再び追われる事態に陥りかねません。
それを回避すべく、現在大型要塞艦の存在すると思われるフィーブル藩国の方々が
全力を持って所属および目的の確認にあたっています。
しかしながら、キノウツン藩国の例を見るに──』
「プレミアさん、補給車への燃料搭載完了しましたよー」
「ああ、ありがとうございます。準備は大体これで終了ですね」
「そうですね。それにしてもプレミアさんたちが燃料見つけてくれて助かりました」
「偶然ですよー。ただ、これだけタイミングが良いと意図的なものすら感じますけどね」
「そういえば戦費とほぼ同額の寄付がどこかからあったという噂も聞きますね……」
「ま、燃料やお金に貴賎があるわけじゃないから有難く使っちゃいましょう、ってことで」
「ははは、違いありませんね。では自分は休息に入らせていただきます」
「どうぞ。休めるうちにしっかり休んでおいてくださいね」
走り去る整備士の背中を見てプレミアは目を細めた。
──海法よけ藩国政庁吏族執務室
『キノウツン藩国の例を見るに、大型要塞艦が対話に応じる可能性は低いと思われます。
そこで共和国尚書省はにゃんにゃん共和国の総力を挙げての対策を講じました。
すでによけ藩国のみならず、無名騎士藩国やフィールド・エレメンツ・グローリーなど
多くの国が参加を表明しており、共和国建国以来の大作戦となろうとしています。
この作戦に関して私は──』
青にして紺碧は、目の前に積み上げられた書類の山を見て目をぐるぐるさせた。
藩国一の脳筋、数えられる数は三までと自称するこの男、吏族ながら数字は苦手である。
しかし戦争ということになると、書類の中身は自ずと数字でいっぱいになる。
やれ燃料が何t必要だ、弾薬は種類ごとに何発必要で食料は人数と日数で掛け算だ。
それぞれに単価があって予算の枠が、と考えるだけで頭がパンクする。
マザーコンピュータであるぜのすけの特性「核心を避けた回答をする」も、
このような数字をやりくりするような仕事とは非常に相性が悪かった。
予算編成の回答にオーダーレベルだけ返されてもどうしようもない。
青にして紺碧は、とりあえず落ち着かないと作業にも手がつくまいと、
気分転換もかねて用を足しに執務室を後にした。
数分後、戻ってきたら書類の山が倍になっていた。
青にして紺碧はぶっ倒れた。
──海法よけ藩国辺境基地
『この作戦に関して私は空振りに終わってくれればいいと考えています。
莫大な戦費を投入して軍隊を動員したけれども何もなかったと、
あの船は遠くから私達のところに友好を結びに来てくれたのだと、
救助隊は不幸にも事故にあっただけなのだと、そうなって欲しいと思います。
しかし、現実は──』
よっきーはスコップを動かす手を止めて、ため息をつくと空を見上げた。
周りには迷路のように入り組んだ塹壕とうずたかく積まれた土嚢、
幾重にも張り巡らされた鉄条網が強固な防衛陣地を構成していた。
強固といってもあくまで陸戦部隊が相手であれば、の話だが。
要塞艦なんてのに来られたらこんな陣地意味ないんじゃないかなぁ、
そもそもフィーブル藩国でドンパチやるってのにこんなところに陣地作っても
などと考えていると、上官の怒鳴り声が飛んできた。
よっきーはうへえ、と首をすくめると塹壕掘りを再開した。
──海法よけ藩国国立天文台
『しかし、現実は厳しいものです。おそらく戦闘は避けられないでしょう。
その中で傷を受け、あるいは亡くなる方がこの放送を視聴しておられる皆様の
家族、隣人、恋人などの中から出ることもあるでしょう。
ですが、それを恐れて出兵を取りやめることは、できません。
なぜなら──』
「な、なんだこの配列は……」
メビウスは望遠鏡から目を離すと、驚愕の呟きをもらした。
今回の出兵の行く末を占星術で占おうとした彼が目にしたものは、
ぐちゃぐちゃと言っていいほどに乱れた星の配列であった。
「こんな配列、記憶どころかデータバンクにもないぞ!
北斗七星にまで歪みが出るだなんて……」
北斗七星は北極星、北の方角を知るための基準となる星々だ。
今はまだ肉眼でわかるほどではないが、歪みがこのまま拡大したとしたらどうなるか。
電子装備を搭載していない漁船や、方位磁石の効かない森に迷い込んだ人は──
メビウスはあわてて観測室を飛び出した。
──海法よけ藩国摂政公邸
『なぜなら、出兵を取りやめることで助かるわが藩国民の数以上に他国の国民が、
軍に属するものだけでなく無辜の民間人までもが傷ついてしまうからです。
そんなことがあってはならない。あってはならないんです。
私だって、私の国の国民が傷つくのは見たくありません。
私一人で事態を収めることができればと何度考えたか知れません。ですが──』
嘉納は、襟章を直してくれている純子さんの背中を見下ろして、
ああ、やっぱ純子さんはかわええなあ、と顔をにやけさせていた。
純子さんが襟章を直し終えて顔を上げると目の前には嘉納の顔があり、
予想外に密着していた事実に気付いた二人は真っ赤になって硬直した。
あああこの硬直は非常にまずい気がするが純子さんいい匂いだしこのままでもいいんじゃ
いやいやそれでは俺の理性がもたんと目がぐるぐるの嘉納はとりあえず口を開いた。
「あ、あの。えーと。この作戦が終わって帰ってきたら」
それ以上言うと死にフラグじゃねーのと警告するような声が聞こえた気もしたが、
悲しいかな、男の本能がそれを打ち消していた。
「その、純子さんの手料理が食べたいな、なんて……」
純子さんは、一言はいと言って頷いた。
──海法よけ藩国近海海上
『ですが……、僕は、あまりにも、無力だ。
だからお願いです。皆さんの、皆さんの大事な人の力を私に貸してください。
この世界の平和な今を守るために。子供たちの未来を守るために。
どうか、どうかご協力をお願いします。
……御清聴ありがとうございました』
年老いた漁師はラジオのスイッチを切ると、船室から甲板に出た。
先ほどまで穏やかに吹いていた風がぴたりと止まっていた。
嵐の、予感がした。
(よっきー)
──YBS第一報道スタジオ

瀧川クリステ子──国内トップレベルの人気を誇る美人アナウンサーだ──は、
いつもの柔和なそれとは少し雰囲気の違った、真剣なまなざしをカメラに向けていた。
「国民の皆様、こんばんは。臨時ニュースです。今回の出兵について、
藩国王海法紀光陛下と王猫ガミッチ陛下から国民の皆様にお話があるそうです。
会見はまもなく始まるものと思われます。しばらくお待ちくだ……
あっ、会場に両陛下が──」
──海法よけ藩国政庁内報道室
藩国王海法紀光は報道室に入ると、深く一礼して束ねられたマイクの前に着席した。
王猫ガミッチはマイクの前に飛び乗ると、ぴょこんと首を下げて礼をした。
海法は再度礼をすると、深呼吸をしてからゆっくりとした口調で話し始めた。
「国民の皆さん、こんばんは。藩国王の海法紀光です。
本日は、国民の皆様に出兵に関しての説明とご協力のお願いを申し上げたく、
念波を借りて皆さんに私の声を届けさせていただいております。
そもそも今回の出兵は──」
──海法よけ藩国医療部隊詰め所
『そもそも今回の出兵は、先日キノウツン藩国にて救助活動中の部隊によって
所属不明の大型要塞艦が発見され、その後救助隊が消息を絶ったという事件に起因します。
この大型要塞艦は我々の保有する全ての電子的偵察機器の目をくぐりぬけ、
いずこかへと向かおうとしています。この大型要塞艦がもしも──』
「あーもー、何やってるんだ。ラジオに気を取られてる場合じゃないぞ!」
自分の手にした包帯でぐるぐる巻きになっている新人の衛生兵に対して、
軍医である結城洋一の怒号が飛んだ。
「いいか、実際の医療の現場ってのは一分一秒、一瞬の判断が生死を分けるんだ。
特に戦場や野戦病院では設備が充分でない分だけ腕が問われる。
これから俺たちが行く場所ってのはそういうところだ。肝に銘じておけ」
「は、はいぃ……」
結城は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐにやさしげな笑みをうかべて
衛生兵の手を取って立たせてやると、医療道具準備の指揮を再開した。
「ほらそこー、バナナ食ってる場合じゃないぞ働けー!」

──海法よけ藩国アイドレス倉庫
『この大型要塞艦がもしも先日アースを占領した勢力に属するものだったならば、
私達は新たに手に入れた安住の地を再び追われる事態に陥りかねません。
それを回避すべく、現在大型要塞艦の存在すると思われるフィーブル藩国の方々が
全力を持って所属および目的の確認にあたっています。
しかしながら、キノウツン藩国の例を見るに──』
「プレミアさん、補給車への燃料搭載完了しましたよー」
「ああ、ありがとうございます。準備は大体これで終了ですね」
「そうですね。それにしてもプレミアさんたちが燃料見つけてくれて助かりました」
「偶然ですよー。ただ、これだけタイミングが良いと意図的なものすら感じますけどね」
「そういえば戦費とほぼ同額の寄付がどこかからあったという噂も聞きますね……」
「ま、燃料やお金に貴賎があるわけじゃないから有難く使っちゃいましょう、ってことで」
「ははは、違いありませんね。では自分は休息に入らせていただきます」
「どうぞ。休めるうちにしっかり休んでおいてくださいね」
走り去る整備士の背中を見てプレミアは目を細めた。
──海法よけ藩国政庁吏族執務室
『キノウツン藩国の例を見るに、大型要塞艦が対話に応じる可能性は低いと思われます。
そこで共和国尚書省はにゃんにゃん共和国の総力を挙げての対策を講じました。
すでによけ藩国のみならず、無名騎士藩国やフィールド・エレメンツ・グローリーなど
多くの国が参加を表明しており、共和国建国以来の大作戦となろうとしています。
この作戦に関して私は──』
青にして紺碧は、目の前に積み上げられた書類の山を見て目をぐるぐるさせた。
藩国一の脳筋、数えられる数は三までと自称するこの男、吏族ながら数字は苦手である。
しかし戦争ということになると、書類の中身は自ずと数字でいっぱいになる。
やれ燃料が何t必要だ、弾薬は種類ごとに何発必要で食料は人数と日数で掛け算だ。
それぞれに単価があって予算の枠が、と考えるだけで頭がパンクする。
マザーコンピュータであるぜのすけの特性「核心を避けた回答をする」も、
このような数字をやりくりするような仕事とは非常に相性が悪かった。
予算編成の回答にオーダーレベルだけ返されてもどうしようもない。
青にして紺碧は、とりあえず落ち着かないと作業にも手がつくまいと、
気分転換もかねて用を足しに執務室を後にした。
数分後、戻ってきたら書類の山が倍になっていた。
青にして紺碧はぶっ倒れた。
──海法よけ藩国辺境基地
『この作戦に関して私は空振りに終わってくれればいいと考えています。
莫大な戦費を投入して軍隊を動員したけれども何もなかったと、
あの船は遠くから私達のところに友好を結びに来てくれたのだと、
救助隊は不幸にも事故にあっただけなのだと、そうなって欲しいと思います。
しかし、現実は──』
よっきーはスコップを動かす手を止めて、ため息をつくと空を見上げた。
周りには迷路のように入り組んだ塹壕とうずたかく積まれた土嚢、
幾重にも張り巡らされた鉄条網が強固な防衛陣地を構成していた。
強固といってもあくまで陸戦部隊が相手であれば、の話だが。
要塞艦なんてのに来られたらこんな陣地意味ないんじゃないかなぁ、
そもそもフィーブル藩国でドンパチやるってのにこんなところに陣地作っても
などと考えていると、上官の怒鳴り声が飛んできた。
よっきーはうへえ、と首をすくめると塹壕掘りを再開した。
──海法よけ藩国国立天文台
『しかし、現実は厳しいものです。おそらく戦闘は避けられないでしょう。
その中で傷を受け、あるいは亡くなる方がこの放送を視聴しておられる皆様の
家族、隣人、恋人などの中から出ることもあるでしょう。
ですが、それを恐れて出兵を取りやめることは、できません。
なぜなら──』
「な、なんだこの配列は……」
メビウスは望遠鏡から目を離すと、驚愕の呟きをもらした。
今回の出兵の行く末を占星術で占おうとした彼が目にしたものは、
ぐちゃぐちゃと言っていいほどに乱れた星の配列であった。
「こんな配列、記憶どころかデータバンクにもないぞ!
北斗七星にまで歪みが出るだなんて……」
北斗七星は北極星、北の方角を知るための基準となる星々だ。
今はまだ肉眼でわかるほどではないが、歪みがこのまま拡大したとしたらどうなるか。
電子装備を搭載していない漁船や、方位磁石の効かない森に迷い込んだ人は──
メビウスはあわてて観測室を飛び出した。
──海法よけ藩国摂政公邸
『なぜなら、出兵を取りやめることで助かるわが藩国民の数以上に他国の国民が、
軍に属するものだけでなく無辜の民間人までもが傷ついてしまうからです。
そんなことがあってはならない。あってはならないんです。
私だって、私の国の国民が傷つくのは見たくありません。
私一人で事態を収めることができればと何度考えたか知れません。ですが──』
嘉納は、襟章を直してくれている純子さんの背中を見下ろして、
ああ、やっぱ純子さんはかわええなあ、と顔をにやけさせていた。
純子さんが襟章を直し終えて顔を上げると目の前には嘉納の顔があり、
予想外に密着していた事実に気付いた二人は真っ赤になって硬直した。
あああこの硬直は非常にまずい気がするが純子さんいい匂いだしこのままでもいいんじゃ
いやいやそれでは俺の理性がもたんと目がぐるぐるの嘉納はとりあえず口を開いた。
「あ、あの。えーと。この作戦が終わって帰ってきたら」
それ以上言うと死にフラグじゃねーのと警告するような声が聞こえた気もしたが、
悲しいかな、男の本能がそれを打ち消していた。
「その、純子さんの手料理が食べたいな、なんて……」
純子さんは、一言はいと言って頷いた。
──海法よけ藩国近海海上
『ですが……、僕は、あまりにも、無力だ。
だからお願いです。皆さんの、皆さんの大事な人の力を私に貸してください。
この世界の平和な今を守るために。子供たちの未来を守るために。
どうか、どうかご協力をお願いします。
……御清聴ありがとうございました』
年老いた漁師はラジオのスイッチを切ると、船室から甲板に出た。
先ほどまで穏やかに吹いていた風がぴたりと止まっていた。
嵐の、予感がした。
(よっきー)